頭蓋咽頭腫(脳腫瘍)と闘った夫の闘病記です。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
明日は3回忌
早いもので明日夫の3回忌の法事をします。
正確には亡くなって丸2年です。

亡くなった時中学2年生だった息子は、志望校に入学しました。
大好きなPCを使えるコンピューター部に入部し、意欲的に検定をうけています。
情報の授業では先生から「お前に教えることはないから、みんなのフォローに回れ」と言われたそうです。

何でもいいから1つだけでも自信を持てることがあったらいいのに・・と
よく夫と話していました。
それを高校になって見つけたようです。

姿、形、そし性格までどんどん夫に似てきました。

ゆる~い性格です(笑)

息子曰く「お父さん似」だそうです。

あたしはというと、
夫のリハビリになれば・・というのがきっかけで始めた社交ダンスが今のあたしを支えています。

夫と通った社交ダンスの教室。
音楽に合わせて身体を動かすだけだったけど、とても楽しそうに踊っていました。
そのうち、体調が悪くなってダンスにはいけなくなったけど・・・

そこの先生に夫の葬儀の写真をブログに載せられて、あんまりじゃないかと抗議したけど、なぜ悪いのか?というような反応に呆れ返るやら悲しいやらで、その教室を辞めました。

ダンスも辞めようと思ったけど、無気力な状態でいつまでも悲しんでちゃ息子が可哀想だと思い直し、別の教室に行きました。

今ではダンスのレッスンが待ち遠しいほとです。
先生や生徒さんもとても暖かい人で、仲良しのお友達もできました。

今思うと、夫が導いてくれたのかな・・って思います


息子もあたしも夫のことを忘れることはないけれど、毎日楽しくそして仲良く暮らしてます。

だから、安心してね
スポンサーサイト
発病
それは激しい頭痛からはじまりました
それまで頭痛の経験がない夫が「頭が痛い、頭が痛い」と言うのです。
その頭痛は2週間たっても良くなりません。
心配になって近所の脳外科を受診しましたが、異常なしの診断
それからさらに2週間頭痛は激しくなるばかりです。
その間も夫は仕事に行っていました。

やっぱりおかしい・・職場の人のアドバイスで別の脳外科を受診しました
私が仕事から帰って結果を聞くと、「詳しい検査をするから予約してきた」 と言います。いくら聞いても大丈夫だからと言ってちゃんと話そうとしません。夫には悪いと思いましたが、病院に持って行ったバックを開けると、そこには小さな紙に頭の絵が書いてあり、その中心部に丸い円が書かれていました。
やっぱり・・・夫は誰にも内緒で検査を受けようと思っていたのです

MRI検査の結果夫は脳腫瘍と診断されたのでした。

今後について夫と話し合いましたが、結論が出ないまま翌日夫は仕事に行きました。

まるで私の方が病人みたいに取り乱してしまいました。
診断してくれたお医者様に電話して夫が仕事に行ったことを伝えると
「今の段階では悪性か良性か分からないので入院してもっと詳しく調べる必要があります。ダンナさんを説得して入院させてください」と言われ、
夫に電話して入院して欲しいと泣きながら頼みました。
夫は翌日から病気休暇を取り入院することになりました。

検査の結果夫の腫瘍は「頭蓋咽頭腫」であることが分かりました


頭蓋咽頭腫とは
ホルモンの中枢である脳下垂体の近くに発生した腫瘍です.脳下垂体は鼻の付け根の奥のトルコ鞍という頭蓋骨のポケットのようなところにあります.脳腫瘍の約5%がこの腫瘍であり,小児にも成人にも見られます.この病気の原因は不明ですが,子孫に遺伝する病気ではありません

ガンマナイフ
後の治療について主治医から話を聞きました。
脳下垂体にできているため、手術をするとなるとかなりのリスクがあるので、
覚悟して臨まないといけないこと。
記憶障害や尿がたくさん出る尿崩症になることも考えられるということ
いろいろなことを聞き、夫はガンマナイフを受けることにしました


ガンマナイフ治療とは
開頭せずに脳腫瘍や脳血管障害などを治療する方法です。201個のコバルト60から放射されるガンマ線を虫眼鏡の焦点のように病巣にのみ正確に照射するのです
ガンマナイフ治療は通常3日の入院で終わります。
(1日目、術前全身検査。2日目、ガンマナイフ治療。3日目、退院。)
しかしその効果が明らかになるのは通常、半年や一年たってからです。疾患によっては1ヶ月以内に効果がみられるものもあります

当時の日記から抜粋

平成12年8月23日
ガンマナイフ治療
2日で退院し、自宅で療養する

8月29日
朝から吐き気と頭痛が激しい
最悪なことに主治医は学会のため不在。
代わりの先生に診ていただくが、CTも異常ないとのこと
苦しむ夫・・・吐き気止めの座薬も効かない。
胃潰瘍かもしれないと言われ胃腸科を受診、胃カメラを飲むが特に異常ないらしい念のため脳外科に1晩入院することになった
付き添いはダメだといわれたが無理をいって付き添う
痛みは治まらない・・・吐き気も
「痛い、痛い」と叫ぶ。何とかして欲しい痛み止めの注射を打ってもらう。
それでも痛みは治まらない。ナースコールをしてくれと夫が言うすぐに看護婦さんが来てくれたが、夫が眠っていたため、楽になったみたいですねと部屋を出ていく。何かおかしい。
夫の右手がかすかに動いたのだが、その動きがおかしい。
「看護婦さん夫の様子が変です。ちゃんと見てください」
私の悲痛な叫びに看護婦さんが戻ってきて夫の名前を呼んだ
しかし、その呼びかけに反応することはなかった・・・
水頭症
すぐにCTを撮る。水頭症です。医師の説明

水頭症とは
脳の中の液(脳脊髄液(CSF))は脳の中で作られます。脳脊髄液は通常、脳、その周囲、脊髄管内を循環し、その後循環系で吸収されます
この液の循環または吸収が阻害されたり、液が過剰に作られたりすると、脳内の液の体積が通常以上になってしまいます。液がたまることにより、脳が頭蓋骨に押しつけられ、脳組織の損傷・破壊が起こります。

脳室に液がたまり腫れているとのこと
液を抜くためにチューブを入れる手術をしますと説明され
深夜2時30分手術が開始された
頭に管を入れ、液を抜くのだ。その管は10日ほどで抜くことができた。
幸い気づいたのが早かったので2週間ほどで回復したが、私が付き添っていなければ寝てると思い朝まで気づかずにいたと思うとぞっとしてしまった。
朝まで放置していれば、命の保障はできなかったらしい。
ほんとによかった。
しかし、その後また同じように水頭症になってしまい、繰り返すからと脳に溜まった水を腸に流れるようにシャント手術をした。
これによって水頭症になる心配がなくなるとのことでほっとする

でもこれはほんの始まりにしか過ぎなかったのです

夫は激しい頭痛に悩まされ、時には痛みのあまり吐くこともありました
痛み止めも効かず、叫ぶ夫を見て「生き地獄ってこういうことなのかもと 思いました。何もしてあげられないもどかしさで本当に辛かった

姑は毎日夫の世話をしに病院に来てくれました。

今もそうですが、実家の助けがないとここまでやってこれなかったと思います。終わりがないように思えたこの頭痛も次第に治まってきました
そして11月17日めでたく退院の日を迎えることができました。
開頭手術
退院してしばらく実家で療養することになりました。
私が仕事をしているので、実家の両親が看てくれることになったのです。

週末になると私と息子が泊まりにいく、そんな生活が続いていました。

夫は1日の大半を寝てすごしていました。
テレビで脳を刺激するのに、音楽を聴かせると効果があると聞き、
さっそくCDラジカセを購入し、夫の好きなCDを買い夜実家に持っていきました。
すると、夫の様子がまたまたおかしいのです。水も飲まなくなってきたと聞き
すぐに病院に電話して連れて行こうとしましたが、自発的に歩くこともできず、引きずるようにして車に乗せました。夜だったので当直の先生しかいなくて、
はっきりした診断もされないまま様子を見てくださいと帰されてしまいました。

翌日主治医がいるときに病院に行って検査をしてもらうと、ひどい脱水症状を起こしていました。
即入院です。昨夜のうちにちゃんとしてくれていたら・・・腹立たしい気持ちでした。
昨夜の当直は前回の水頭症のときに診察した先生でした。
もう絶対にこの先生は信用しないと、心に決めたのでした。

脱水症状が落ち着いてきたものの、CTを撮ってみると腫瘍から出血していることが判明。意識レベルも下がってきて、手術をすることになりました。
初めての開頭手術です。

医師の説明によると、腫瘍の中にドロドロとした液体が溜まっているので、
それをできるだけ、吸い取りその液をいつでも抜くことができるように、頭に管を埋め込むということでした。
4回目の手術です。もう何度手術のための承諾書を書いたことでしょう。

手術は6時間に及びました。夫は無事に戻ってきました。
ただ、今思うとこれは何の手術だったのか?もしかしたら、腫瘍を取ろうとしていたのかも?しかし、その後夫の意識状態はよくなってきたので、必要なものだったと・・・そう思いたいです。

この頃から摂食障害が起こり、過食症のようになってしまったのです。
70キロ台だった夫の体重は80キロ、85キロ90キロ95キロとすごい勢いで増えていったのでした。

そして3ヶ月に及ぶ入院生活も5月9日で終わったのでした。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。